三峡クルーズと三国志の旅その2

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番外編
三峡クルーズと三国志8日間の旅


今日からお待ちかねの三峡クルーズが始まる。2泊3日の船旅ということで、船酔いしないかドキドキ。しかしそれ以上に憧れの三峡クルーズが体験できるとあって、テンション上がりまくりな私。乗船する船はその名も「三国号」!
三国号三峡クルーズ船「三国号」 ソワソワしながら乗船場に向かって、とにかくビックリ!目の当たりにした長江は、テレビや写真で見たものとは比べモノにならないほど迫力があった。
まず、その色。澄んだ川ではないと思っていたけど、ここまで濁っているとは想像もしていなかった。濁っているとゆーより、もうほとんどレンガ色。こんな色の川を見たのは初めてだ。
そして、スケールの大きさに驚いた。川幅がすごく広い。
あっけにとられつつ長江に近づき、またしても驚く。近くで見ると、予想以上に川の流れが速いのだ。このスケールでこの速さ。小心者の私はちょっとビビる。階段を降りて川岸に向かう時も、「もし足を滑らせて落ちたら…」と余計なことを考えてヨロけそうになる。 しかし、階段にはたくさんの地元男性がワラワラいて、手を貸してくれるのだ。「まあ、女性に優しい国ね」なんて思ったら甘い。しっかりとお金を取られるシステムになっている。
しつこく手を貸そうとするオヤジを追っぱらいつつ船に向かう。
ツアーの中でおそらく最年長であろうジーサンに一段と群がるオヤジたちがハイエナに見えた。
船はいかにも中国風な怪しい外観で、中に入るとロビーのフロント背後の壁には一面に三国志演義の登場人物である関羽・関平・周倉の絵が飾ってあった。さすが三国号。絵もお約束だ。 船室も窓枠とかが微妙に中華風。ホテルに比べると部屋は狭いけど、ベッドに寝っころがりながら長江の風景を眺められるのが嬉しかった。
そしていよいよ三峡クルーズのスタート!
よもや地獄の旅路に向かっていようとは、この時の私は気づく由もなかった…。

三峡クルーズの最初の観光スポット・鬼城に着くまではしばらく自由時間。わりと時間があるので船の中をうろついてみることに。 いちおー「三国号」ということで、申し訳程度にショボい武器とかが甲板に飾ってあった(注:野ざらし)。
さすがに景色は良く、吹き抜ける風が心地よい…と思っていたのも束の間、じっくり見ると川にはゴミがたくさん浮かんでいるではないか!三峡って風景の美しいものだと信じていたのに…。
部屋に戻って、やることがないのでお互い肩をもみ合い、ゴロ寝しながらお菓子を食べるというぐーたらな時間を過ごしているうちに、寝てしまった。
…が、小1時間後、急激な腹痛で目が覚める。
トイレに駆け込んでみるものの、腹痛はおさまらず。友人に下痢止めを恵んでもらうがいっこうに直らないまま、鬼城に到着とのアナウンスが流れた。しかたないので決死の覚悟で船を降りる。

鬼城の入り口まではバスで移動。車窓から見える街中でたまに赤いペンキで何やら書き込まれている建物があったが、それは三峡ダムが完成して水位が上がった時には水没するよ、というマークらしい。中には立派なお寺のような建物もあったので、移築するとかできないものかな…と思った。
さて、鬼城は山の上にある。そこまではまずリフトで行くことになるのだが、私はほとんどリフトに乗ったことがなく、乗るタイミングがわからずドキドキしながら自分の順番を待っていると、5組ほど前にいた西洋人のオッサン(かなりの巨漢)がリフトに乗り損ねて思いっきり倒れこんだではないか!
一気に増す緊張感。怖い〜、怖い〜!とヘタれながらも、結局係員に放り投げられ、無事リフトに乗れた。一度乗ってしまえばこっちのもの。高い所大好きな私は、眼下に広がる景色を堪能した。
しかし、リフトを降りてからも山道を登っていかなければならず、その時の気温は35度はあったと思われる。しかも軽く脱水症状でお腹こわしてる状態…。
鬼城鬼城。 腹痛でヘロヘロしながら頂上へ向かう途中、渡るとそれぞれ金運・恋愛運にご利益があるという石橋に遭遇。手を取り合い仲良く恋愛の方の橋を渡るツアーのご夫婦たちを尻目に、迷うことなく金運の橋を渡る友人が悲しかった…。ちなみに恋愛の橋を渡った私に、いまだご利益はない。
胡散臭い出店が軒を並べる坂道を行き、西遊記などのシーンが描かれた渡り廊下を過ぎたあたりでようやく玉帝が祀られている場所に到着。
玉帝といえば私が西遊記でお気に入りの二郎真君の伯父様なので、本来ならテンション上がるところだが、お腹の痛みと暑さのためイマイチ盛り上がれず。
閻魔像閻魔像。鬼城の中で一番偉い人 鬼城は地獄をモチーフにしたショボい…いや、小さいテーマパークのようなところなのに、あんまり地獄っぽくないなーと思っていると、ちょこちょこ怪しげな像や天井画に遭遇。そして最後には真打ち(?)の閻魔大王とその奥サマの像が登場!
女性に限り、閻魔大王の奥サマの像を拝むと美人になれるというご利益付きだ。(恋愛の橋に続き、こっちもいまだご利益ねーな。)男性は閻魔大王が嫉妬するので奥サマの像をじっと見てはいけないんだとか…。

この鬼城の高台から見下ろす景色は、三峡ダム工事が進むにつれ水没する運命なんだなーと考えると、ちょっぴり物悲しくなる私であった。

再び三国号に戻り、夕食までは自由時間。汗びっしょり。6月だからと油断していたが、着替えは多めに持ってくるべきだったと反省した。
夕食後には船長主催のウェルカムパーティーがあった。自由参加だけど、もちろん参加。三国時代の宴会を再現したというお姉サン方(船の従業員だけど…)の踊り(舞い?)に興味津々の私ではあったが、クーラーきき過ぎでお腹大ピーンチ!
明日も下船しての観光があるのに大丈夫か?と不安にかられつつ、初めての船中泊につく。



今日の観光の目玉は山頂に位置している白帝城。リフトを使った鬼城と違い、こちらは約900段もある階段を登っていかなければいけない。別料金を払えばカゴに乗って楽することもできるが、ツアーの中高年組が自分の足で登るというのに、こっちがカゴを利用するのも情けないので頑張って登ることにした。
炎天下の中、いまだ治まらない腹痛を抱えて汗だくになりながらひたすら階段を登る。階段が狭いので、行き来するカゴに挟まれそうになりわりと危険だ。かなりヘタレながらも「これもいつかいい思い出になるはず…」と自分に言い聞かせ、なんとか白帝城に到着!
白帝城白帝城。三国志ファンの聖地 ここは蜀の君主・劉備の最期の地として知られている。劉備が我が子を諸葛亮に託す場面を再現した人形のほか、空城の計、三顧の礼など三国志演義の有名シーンをタイルに描いたものが至る所にあった。
しかしながら、三国志好きとはいえ白帝城の印象は「階段登るのキツかった」の一言に尽きる私であった…(オバチャン達に言わせると金毘羅山の階段の方が大変らしいが)。三峡ダムができればこの階段地獄もなくなり、もっと楽に観光できるとのことなので、今から思うとホントにいい思い出になったけど。
ちなみにツアー内で唯一カゴを利用した老夫婦によると、登る途中でカゴ担ぎの兄チャン達に何度もチップを要求されたとか。ザッツ中国!

その後船に戻ると、今度は三峡クルーズの本来の目的である三峡観光が待っている。
峡谷に近づくと船内放送(何故かこの船の日本語放送は王さんがやっている…)があり、屋上の甲板に行って説明を聞くのだ。
三峡三峡の一つ「巫峡」 第一の峡・瞿唐峡を見た時に出た言葉は「おお、水墨画の世界!」だった。テレビや写真で目にしたことのある風景が目の前に迫ってきて、その美しさには感動!…が、すぐに飽きる。だって同じ景色がずっと続くんだもん。
次に到着したのは第二の峡・巫峡。こちらも水墨画ワールド全開。川の両岸に切り立つ「十二峰」が次々に姿を現すが、特に有名らしい神女峰がどれのことを言っているのかイマイチわからずベストショットを逃してしまった。

巫峡を過ぎたら、またしばらくは自由時間。午後の観光は神農渓遊覧だ。
神農渓はこれまで渡ってきた長江の支流だけど、長江とは違って水がとっても澄んでいて、小舟でないと移動することができない。
小舟ということは、その間トイレに行くことはできないということで、お腹こわし中の私には非常に脅威的な時間となる。
ライフジャケットを着込み三国号のロビーに集合。「お腹痛くなったらどーしよ〜」と精神的に追い詰められる私を見た現地係員の王さんが一言、「お腹痛い?揉んだげよーか?」。
…揉んだら余計出るだろーが〜!
心の中で王さんにド蹴りをかましつつ、小舟乗り場に向かったが、行き着くまでにお土産屋攻撃を受ける。子供が売り子をやってると、いたたまれない気持ちになってくるよ。
そしてお腹に不安を抱えながら、小舟の一番後ろに乗り込み、神農渓クルーズに出発。
神農渓クルーズ神農渓クルーズ 長江とは比べものにならない透明度の高い川の水、心地よい涼しげな風、両脇から迫ってくるような断崖。直に自然を感じることができ、三峡とはまた違った雰囲気を味わえた。
しかし小舟は人力で、かなりの重労働。途中休憩を挟みながら進む。休憩の時、浅瀬に入り涼んでいた船の漕ぎ手が、川の中からきれいな石を取り上げて私に見せてくれた。 おお、サービスが行き届いている…と思っていたら、その漕ぎ手がおもむろに言った。
「80元。」
…売る気かよっ!
川から拾った石を…拾ったところを目の前で見ていた人に…売りつけるか?普通。
あまりにしつこいので、他のツアー客の方へ行け!とジェスチャーで追いやったら、どこぞのオバサンが買っていた。
さらに昔船頭だったという巷で有名らしいオッサンが絵葉書を売りにくる。オッサンのサイン入りだ。
その後、断崖の割れ目にミイラが安置されているという場所を通過。かなり高い位置にあるのに、どうやってミイラを置いたのだろう…。三峡ダムができて水位が上がったら、ミイラが近くで見られるのかな?と友人と話しつつ、無事クルーズが終わった。

夕食後は船長主催のさよならパーティー。船の進んだ位置が、三国時代でいうと蜀から呉に入国した辺りということで、呉の君主・孫権に入国許可の印をもらうイベントがあった。孫権に扮していたお兄チャンが昼間ウェイターをやっていたとかバラしてはいけない…。
さよならパーティー船長主催のさよならパーティー。 権ちゃんに入国許可をもらってウキウキしながら、その後の従業員によるファッションショーを楽しんだ。
船旅も明日の朝で終わり。腹痛騒ぎで船酔いどころではなかったな。


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  鬼城へのロープウェイ鬼城内の橋白帝城の中のタイル劉備臨終の場面古銭道神農渓の名物オヤジ
 
   
   
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